年のせいで歌えない? 4.自分のこころを温めて新鮮に保つために
運動療法と医食同源、食べもの、このふたつは何が何でもやっていただかないと、いい声なんか絶対につくれません。
世の中にはいろんな身体の鍛え方があります。
でもうちにやってくる患者さんなど見ていても、お年召されてても元気よく歌われたり、楽しくやってらっしゃる方々というのには、共通点があるんです。
それは何か。
「次に何やろう」と、常にわくわくしてやってらっしゃるんです。
何かをやってやろう! という感じ。
そうやって何かを楽しみにして何かを夢中でやっていると、人間、エネルギーが出てくるんです。
それがとにかく必要なんだな、と思います。
それの最初の第一歩です。
「何かやりたい!」って気持ちが大切です。
でも、そうはいっても外から人から「そういう気持ちを持て!」
といわれてもなかなか持てるものではありません。
人間、人から「思いなさい!感じなさい!信じなさい!」
といわれてもそんなものできません。
そんなにみんな素直じゃありません。
とりあえずはネガティブな感情であれ、いまの自分が何を感じているのかを受け入れ、自分の身体を自分の手でいたわってみる。
そんなことを一人でやっているうちにだんだん飽きてきてどこかに行きたくなってきますから、そうしたら、いつもとは違う道を行ってみる。
今まで通ったことのない道を通る、っていうのが、いい方法だと思います。
たまに違う横町に入ってみると、いままで気づかなかったようなものが目に入ってくる。
そういった小さな発見や驚きが新鮮な感動につながる。
その感動が頭の中のドーパミンというホルモンを出してくれます。
それが、その次への活力につながるんですね。
そうやって何か感じて思ったときに鼻歌のひとつでも出るようになったらチャンスです。
さあ、筋トレやって身体つくって、お腹が空いたらおいしいもん食べてありがたいなあと思ったら食べたものにも感謝して、そうやって自然に鼻歌が出てきたら、それが「気持ち」なんです。
これがなくなったら声なんかでなくなります。
ですから、みなさんが自分でご自身に無理して火をつけようとしてもなかなか難しいと思うのですが、友達の助けを借りるもよし、外から入ってくる情報から刺激をもらったりもよし、ですが、自分のこころを温めるのに、その最初のきっかけというか、車輪が回り出すはずみをつけるのに、その最初だけは自分で自分に声援を、というか、肩を押してやってほしんです。
そしたら、それをきっかけにいろんなことが回りだします。
自分にできないことを嘆くんじゃなくて、できないことはできなくていいんです。
でも、そのできないところからちょっとでもできるようになったらそれは拍手喝采なんです。
その自分で自分を拍手喝采状態にするには・・・・・
ということが、この3枚のレジュメの中に書いてあります。
70だから80だから独り者だから貧乏だから、というような条件は、勝手に自分で付けてるだけです。
そういう条件をぜーんぶとっぱらったときに、はたして自分は何がしたかったんだろう、何のためにここにいるんだろう、と考えたとき、やっぱり「歌いたい」となったら、
それでいいと思います。
もし歌をいつまでもお歌いになりたいと思われるんだったら、その思っている気持ちだけでじゅうぶん。
かならず歌えます。