「ミュージカルの歌い方、オペラの歌い方」3.だめなときこそ心のエネルギーを使う!
すごく忙しいタレントさんたち、すごく忙しい芸能人の方たちというのは、毎日のように歌ったり踊ったり、また叫んだりしてなくちゃならないのでよく喉をつぶす。
そういうとき、どうしてもしかたがないときっていうのはもう口パクで演じるんですね。よいとき録音していたものを使って。
でも、いくらうまくマッチしているようでも、どうしてもズレが出てくるんですね。人間は機械じゃないし、生ものだから。
で、そんなとき演じ手が自分の身体にムチ打って、疲れを感じながら口パクで演じているときって、やっぱりどこかにしんどさが漂っている。なのに声だけ元気で朗々としていると、そこだけでも見ている側は何かチグハグなものを感じとってしまう。
そうやって、見ている人が変だと思ってしまった瞬間に、演じ手とお客さんの感覚っていうのはなんか変になってしまう。
だから極端なことをいうと、たとえ声がちゃんと出ていなくたって、かすれ声で一生懸命やっていると、声は出ていないし、うまく聞こえなくても、そっちのほうがむしろ(口パクよりは)伝わったりします。
だから口パクの功罪ってのはありますけれども、やはりその瞬間瞬間、演じ手はお客さんの心を見ながら一生懸命演じる。
だからこそこの目に見えないところですけれども、演じ手と聴き手、その間の何かしらエネルギーが回りだして、それで舞台って面白くなるんです。
そしてほんとにいい舞台を見ると人はすごく元気になるんです。
人前でちょっと歌ったり踊ったり声出してるだけのように見えても、あれほど心の動きを大切にせねばならない仕事ってないですから、それはもうほんとに大変です。
たとえば、わたしも患者さんを診させていただいてるときに、年に何回かくらいとか、2、3年に一度は絶対に喉つぶします。
喉にくるウィルスの風邪、喉風邪ってのがあるんですよ。
そんなときはほんとに声出ないまま「今日は声出なくて、こんなんでごめんね」と言いながら診察するんですが、それでも患者さんのほうもすごくしんどそうだったら、こちたも頑張らなと思いながら一生懸命やってると、それだけでいい感じになってくれる患者さんもいはるんですね。それはなんでかっていうともう、こっちの『気』なんですよ。こっちの、患者さん治したい!ってエネルギーなんですね。そういったエネルギーを患者さんに注ごうって気持ちがあるから来てくださる。
だからこれはわたしの医療哲学にもなるのかもしれません。
でもこれって別に何も医者だけじゃなくて、すべての職人芸やと思うんです。
ですから、どんな職業でもお客さんをいまより気持ちいいところにいってもらおう、って意識があって相対峙させていただくと、やっぱりそれだけで元気になる。
よく『気はこころ』っていいますけれども、その心から出るエネルギーはすごく大きいことなんです。
それが歌の世界、舞台の世界でもすんごい関係してきます。
たとえば、わたしともう一人が舞台で何かしようというとき、自分は一生懸命台詞を、歌詞を覚えてきた、だからだいじょうぶ! と思っても、もう一人のほうはどうもちゃんと覚えてきてないようだ、まったくかなわんやっちゃなー、と思ったりしながらやってると、やっぱりなんか知らないけどもう一人のほうが台詞に詰まりやすくなってきます。これが、もう不思議なんですけど。「お前は勝手にせいよ!」と思った瞬間に、舞台のバランスがすごく悪くなってしまう。
ですから舞台では、どっちがどれだけ一生懸命やってきたとかいうことよりも、二人の舞台なんだからもっと二人で練ろう、という気持ちで共演者との関係をがっちり押さえる。それで二人の気をもってして、ここではお客さんをどう喜ばそうか、どう揺さぶりかけようか、ということを練りまくって感じて考えてやる練習をやってやってやりまくらないと、舞台ではうまくいきません。