「まずは自分を表現しよう!」6.心に覆いかぶさった余分なものを剥ぐ!
チャクラは確かに強いエネルギーの集まるスポットやけど、
1個ずつの細胞っていうのはあんまり意味がないのかといったら、
そんなことないやん! 手なくなったら困るやん、足なくなったら
蹴られへんやん、空手家。
そしたら、そういうのがぜーんぶ必要で、人間の身体って動いてるわけなんです。
ところが!
さあ、心であれ脳であれ、なんですけども、
もう1個、絵を描きます。
まあ、では身体全体を代表する「こころ」いうのがありました。
これ、ツルツルのピカピカ。
もうすごく魂に近いような、出来のいいものだと思いましょう。
じゃ、その魂的なものがあるとして、ここから何か刺激して
「あー」と声だすときも、最初言いはった「責任」がある。
長いこと生きてくると。
塾に行かなかいかん責任とか、みんなにごはん作ってあげなあかん責任とか
会社に行って文句言われながらでも働かなあかん責任とかいろんな責任がある。
そういう責任の中でしがらみがみんなちょっとずつある。
そういうのが(こころに)いっぱいいっぱい付いてると、
このきれいでピカピカ光ってるはずの魂が、光れる場所がもうだいぶ
見えへんようになってしもうて、、、大半が覆いつくされてしまう。
で、これだけ覆いかぶさってしまうと、そしたらいまほんとは誰かのこと好きで
会いたくって、そしてその人に会うためにここまで来たの、って言いたいのに、
そやけどこんだけ覆いかぶさってたらなんかボーっとしてしもうて、
え、その人に会いたかったんだっけ??? ぐらいのボケた感じになっちゃう、
ってことがある。
だから、わたしたちは今日どういうワークショップをやったのかっていうと、
この魂の、心の上に覆いかぶさった余分なものを剥ぐ! ってことをやったんです。
で、何を使って剥いだのかっていうと、カンタン。
ここからこの下に移りました。
瞬間やねんけど、最初は自分自身のしがらみやったのに、ちょっと他人の脚本を使わして
もろうただけで、ここの上に覆いかぶさってるもんがこんなふうに減っちゃうの。
ほんならガサッと見えてる本来の、「楽しみたいなー」「元気でいきたいなー」
「ニコニコしてたいなー」って思う本来の人間の魂の欲求がストレートに出せるから
ラクに声が出てきちゃう、いうことが起きるんです。
歌うたうときにこんだけ人がいたら、かっこよく歌わな、
歌手とか役者さんとか学校の先生、塾の先生でもいいです、
1対1の家庭教師だったらまだいいかもしれないけれど、大勢の人の前でしゃべらなあかん
お仕事をやってる人というのは、やっぱりみんなから見られてるからけっこうしがらみ多い
責任多い、そして、そういう人たちの前やったらええかっこせなあかんいうね、絶対に
そういう余分なものが付いてくるんですわ。
ほな、ええかっこせなあかん、だって先生でしょ、人前でしゃべるんでしょ、みんな聴いて
くれてはる人、お客さん、生徒、、、自分より何か立場的には低くいてくださる方、の前で
こっちは高くいなあかへん、がんばらなあかへん。ね?
きれいにしゃべらなあかへん。
となったらね、こんなふうにどんどん心がカタくカタくなっていくんですよ。
ほんなら、一生懸命しゃべらなあかんのだけど喉が詰まる!・・・みたいな。
いいかっこして歌いたいわ、といっても喉が詰まってしまう。
で、そこで喉に力が入ったままでがんばればがんばるほど喉がカサカサコソコソして
ヒリヒリしてきていたくなっちゃう。
だからたとえば武道ひとつしてても、ほんとにだんだん太刀筋いうのがわかってきて
ダッといけたら力も入るしエネルギーも出せるねんけど、まだまだ下手やったり型も
うまいこといってへんようなときにやると、居合の声なんかも出しにくくなります。
だからそんなふうに、心がどれだけ広く持てるかいうことで喉の余分な力との加減は
ぜんぜん変わってきてしまう。
それを今日はみなさんに体験してほしかったんです。
そうするとふだん、たとえば松永敦やってます、みんなの前で医者やってます、
ここに来てくれはる人、患者さんの前でいいかっこせなかんのよ、わたし。
「おお、今日はどうしましたか」なんてそんなええかっこしてないけどね、ふだんから www
「何いうてんのよ、あんた。あかんがな!」くらいの感じでいつもやってるんですけど、
「ふーん、そうかそうか。わかりました。そんな感じやねんね。ま、でもこれやったら
こんなふうにして治ると思うし、まあ、がんばってみよう。あかんかったらあかんかったで
また来てな」って。そんな感じのやり方してます。
で、そんな風にやってるからわたしそんなに喉も詰まらず一日この調子で平気で8時間
9時間しゃべり通しです。
そやけれども、お陰様で喉がそんなにやられへんのは何故かっていうと、けっこうフリーに
やってるから。
だからけっこうわたしもほんっとに自分がヘマってきたことを平気でしゃべりながら
患者さんにいろんなアホな話しながら診察やってますけど、そしたらエネルギーが回ります。
声もぜんぜん出ます。
もう時と次第によったらこうやって診ながら「ぜんぜんエエやんか。イイ感じ。いい感じ~♪」
とか言いながら歌うたいながらわたし患者さん診てます。ほんまに。
「センセイ、やめてくださいよ~。ちゃんとまじめに診てくださいよ」とかいわれながらね。
でも、そういう感じでやると、ほんとに人間ってラクに生きれるし、声も出る。
この、人間ってのはエンジョイをする、遊ぶ、っていう気持ちが1番大切なんです。
だからそのゴスペルやるにしたってさ、みんなの前でソロもやらなあかんし、
肩に力も入るかもしれへんけどさ。
考えて。ゴスペルおんなじようにやるにしても。
神社。ひろーい神社。もう巫女さんだけ。神主さんどっか行かれておらへんの。お参りに行って。
それであたりはいっぱい玉砂利敷いててエエ天気や。ぱーんぱん!柏手打ったら音も響くわー
アアメエー! ってこういうふうにいくわけです。
そういうふうにラクなことを自分の中でイメージしてもらって、山田花子さんだった人が今日は
豊臣富士夫さんになってもらってもいいし、徳川いのりさんが小田勝正さんになってもかまへん。
そやからそういうふうにパッと気分をちょっと変えるというか、そのときにはほんとにこの
しがらみを忘れる。
いちばん自分の中でピュアにあるものだけを探りにいく。
それをちょっとがんばってやってもらうようにすると声ってもっと出てきたり、
人とつながりやすくなります。
ただ意外と人間ってね、左脳ってよくいわれますけど、恥ずかしさとか、エエかっこせな
あかんとか、そんないろんなこと考えてんのがここにいっぱい詰まってるんで、
そればっかり考えてるとババババ!って、こんなふうにあっという間に心がカタクなって、
声も心も喉も筋肉もぜんぶカタクなって、
いったんカタクなると、こんど耳も聞こえにくくなる。
ほら、さっきちょっと言うてはったやん。
緊張してたら何しゃべってんのか何うとうてんのかわかりません、って。
でも声もね、音も聞こえにくくなってくるんです。
そうすると、なんかでいろんなことわーって考えて考えて考えてってやりだすと、
とたんにパタパタパタ・・・・っていろんなシャッターが閉まっていきます。
耳のほうもシャッター閉まります。
他人が何を言おうとしてるのか、他人の心、気持ちもわからへんようになってくる。
だから今日みなさんに、ほんのミ時間時間でしたけれどもやっていただいたのは
他人になったらどうかいな、ということなんです。
もちろん、他人になったらなったで他人のしがらみをぜんぶ背負ったらまたそら
大変なんですけども、でもちょっと間だけ無責任な他人になってみる。
で、「ああ、こんな感じかなあ。じゃ、もっとラクかなあ?」って。じゃあ、こんどは
他人になって自分をみつめたら、自分ってどんだけしんどいことやってたんやろ?
アホちゃうのん? って。
そこまで別に肩に力入れてがんばらんでエエやんかって。
もっと楽に遊んだらエエやんかって。
そういう感じになってきますよ。
ね?
そんなお話を今日はさせていただきました。
で、あの、なんちゅうのかな、、、ひとつ、宿題とは言いません。
これは今日のお土産と思っていただいたらいいんですけども、昔の子どもってね、
ひとんちの戸をガラガラって開けて、「なんとかちゃん、遊びに来たよ!」
みたいな感じで、すぐ近所に行ったりして、子ども同士で遊んだりしてたわけです。
そんときにね、ふつうにガラガラって来て「遠山くん、来たでー」って子もいるけど、
もうちょっともうちょっと小さいとき、小学校行く前の幼稚園くらいのとき。
「遠山くん、あーそぼっ」みたいな。
こんな感じの時代があった。
ね。要するに、誰かを呼ぶときに歌遊び的な呼びかけをようしてたはずです。
わかります?
そんなんしたことない?
あるでしょ?
そうそうそうそう。
だからそういう感じで自分ひとりで歌のお勉強、それから朗読のお勉強、
そいうのをやるときに、まずこの歌遊びにのっけてやってほしい。
だからそれこそね、アメイジンググレイスならあのメロディーがありますよね?
でもね、んならアメイジンググレイスは「この驚きなる祝福」とかカタイ言葉は
イヤやな。
うわあー、こんなに愛されてうれしいな!って。
ひらたい言葉に変えたとしましょう。
「こんなに愛されてうれしいな」って大酒弁でやんのん?
標準語で?
どっちでもええやん。
みたいな www
でもそのときに、「こんなに愛されてうれしいな♪」って(童謡風に)やってもかまへんし
「こんなに愛されてとーってもうれしいようようようよう・・・」でもかまへんし。
でも、とにかく自分の中で自由に気持ちよく感じたときに(誰のことも気にせず1人で)
そんなふうにできるんやったら、こっちからこっちへ移っていただいて、
「愛されてんのよ、あたしは!」って、「好かれてんのよ、わたしは」って。
どこも誰もそんなこと言うてくれへんかったらまたこのセミナーに来てください♪
わたしが愛してさしあげます。
まっ、そういうようなね、第83回のパワーボイス、まずは自分を表現しよう、と。
でも自分を表現するときに、自分がギュッとカタクいろんなしがらみに掴まれちゃってたら
ぜんぜん表現できないんだよ、ということを、
今日はみなさんとこういうようなことをしながら感じてもらいました。
ありがとうございました。